田沼意知(宮沢氷魚)に家系図を渡した佐野政言(矢本悠馬)とは何者?その家系図をたどる【大河べらぼう】 (4/4ページ)
天明4年(1784年)3月24日に江戸城中で田沼意知に斬りかかり、意知が死亡したため切腹を命じられ、同年4月3日に執行される。
妻は村上義方女(肥前守よしかた娘)。子はいなかった。
家紋は「丸に剣木瓜(けんもっこう)」または「丸に左(さ)の古文字(こもんじ)」。
……代々の忠義を、ただ一度の暴挙で台無しにしてしまった政言。佐野一族の無念は察するに余りあるものです。
終わりに今回は田沼意知を討って「世直し大明神」と讃えられた佐野政言について、その家系図をたどってきました。
一説には、田沼家は佐野一族の流れを汲むそうですが、果たしてどこから枝分かれしたのでしょうか。
NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」では、この家系図問題がどのように描かれていくのか、楽しみですね!
※参考文献:
『寛政重脩諸家譜 第5輯』国立国会図書館デジタルコレクション日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan