戦国武将・織田信長は本当に”革命児”だったのか? 最新研究でわかった信長の本当の姿 (3/4ページ)
「三段撃ち」という有名な戦術がこのとき使われたと語られていますが、近年の研究では三段撃ちは実現不可能であることが指摘されています。
当時の鉄砲は装填(そうてん)に時間がかかるため、三段撃ちのような連続攻撃は現実的ではなかったようです。実際には、多くの鉄砲隊を一斉に撃たせ、短期間で攻撃を集中させる戦法を使った可能性が高いとされています。つまり、三段撃ちという話は後世の脚色だったというわけです。
とはいえ、信長が鉄砲という新しい武器を積極的に取り入れ、大量生産して戦場に投入したことは間違いありません。このような「新しいものを取り入れる柔軟な姿勢」は、信長の大きな特徴のひとつです。
講談や小説で生まれた「革命児・信長」
織田信長が「革命児」として強調される背景には、江戸時代以降の講談や小説の影響があります。これらの物語では、信長はあえて残酷に描かれることで「冷酷なカリスマ性」が強調され、物語としての魅力を高めました。
こうして、信長は単なる戦国武将のイメージから「時代を変えた英雄」へと変貌を遂げたのです。