ライバルだった蔦屋重三郎(横浜流星)と西村屋与八(西村まさ彦)。二人の性格は対照的!?【大河ドラマべらぼう】 (4/4ページ)
東洲斎写楽「三代目大谷鬼次の奴江戸兵衛」蔦重によって才能を見出された一人。
蔦重と交流のあった狂歌師の宿屋飯盛(やどやの めしもり。石川雅望)は、蔦重についてこのように評しました。
「秀れた気性をもち、度量が大きく細かいことにこだわらず、人に対しては信義を尊重する」
生まれ育った吉原遊廓で若い作家たちと大いに遊んで大志を語り合い、ともに成長していった蔦重。
先ほど紹介した他にも十返舎一九(じっぺんしゃ いっく)や東洲斎写楽(とうしゅうさい しゃらく)など多くの才能を発掘できたのは、彼ら創作者に対する理解と尊敬の念ゆえだったのではないでしょうか。
これからも多くの作家たちと共に成長しながら、時代を作っていく蔦重の活躍を楽しみにしていきましょう!
※参考文献:
松木寛『蔦屋重三郎 江戸芸術の演出者』講談社、2002年日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan
