日本初の首都「難波宮」の場所はどのように発見されたのか?古代日本の重要な史跡発見の経緯 (2/4ページ)

Japaaan

大阪歴史博物館入口の法円坂遺跡

発見のきっかけとなったのは、1913年に法円坂で発見された瓦の破片。ここから少しずつ調査が始まりましたが、戦争の影響で一時期は中断。

そしてついに1945年、第二次世界大戦が終結した後、ようやく本格的な発掘が始まりました。山根徳太郎という学者を中心に、難波宮跡の調査が進んでいったのです。

1954年、ついに「鴟尾(しび)」という宮殿の装飾が発見され、その存在が確実視されたのです。難波宮の最も古い部分が「前期難波宮」です。これが、まさに日本の最初の首都とも言える場所でした。

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