日本初の首都「難波宮」の場所はどのように発見されたのか?古代日本の重要な史跡発見の経緯 (3/4ページ)

Japaaan

前期難波宮模型(大阪歴史博物館)wikipediaより

この宮殿は、白雉3年(652年)に完成し、元号の始まりとされる「大化の改新」がここで行われました。政治と儀式が行われる場所として、最初に明確に分けられた構造が特徴です。内裏(天皇の住まい)と朝堂院(政治の場)がしっかりと分かれて配置され、後の天皇の住まいの設計に大きな影響を与えました。

その後、難波宮は火災に見舞われますが、再建されます。この時代の難波宮を「後期難波宮」といいます。この時代の難波宮は、聖武天皇が新しい都を作るために築いたもので、平城京の副都としての役割も果たしました。しかし、難波宮への遷都は一時的なものに過ぎず、その後は再び都が変わっていきます。

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