伝説で彩られた「元寇」「蒙古襲来」の真相に迫る!神風伝説とフビライの真の意図について解説【後編】 (2/4ページ)
ところが、フビライの時代に中国を征服していくうちに、彼らは農耕民の高い文明を知ることになりました。
そこで戦略を修正し、安定した農耕地を入手するために南宋を征服することを最大の戦略目標にしたのです。
そこでフビライは、当時、南宋と通好していた日本と国交を結び、南宋と日本との関係を断つことを画策します。
また、蒙古は高麗を服属させたことで高麗軍による南宋攻撃を可能にしていました。ここで日本と結べば、南宋軍が南下したときに海路を絶つことができると考えたのです。
つまり、フビライが日本へ国書を送ったのは、あくまでも国交樹立が主な目的だったということです。
しかし、そうであれば、なぜ鎌倉幕府を怒らせるような無礼な文面の国書を送ってきたのでしょうか。
目的はあくまで「国交樹立」これについて、フビライの国書はよく読むと決して強圧的ではないという説があります。
幕府を怒らせた国書の書き出しにある「上天眷命」という言葉も、実は蒙古では書き出しによく使う定型句でした。
また、「書を日本国王に奉ず」という表現も、読み方によってはフビライのほうが下に出ているとも考えられます。
さらに、国書の最後に使われた「不宣」という結びの言葉は、「臣下として従えというつもりはない」という意味だった可能性もあります。