伝説で彩られた「元寇」「蒙古襲来」の真相に迫る!神風伝説とフビライの真の意図について解説【後編】 (3/4ページ)
この流れだと、「兵を用うるに至りては、それたれか好む所ならん」という文も、素直に「武力を使うようなことはやめましょう」と平和的な交渉を望んでいるようにも読めるでしょう。
つまり、フビライは日本に対等な国交関係を求めた可能性が高いのです。
ところが、日本が返書を出さないので、フビライは強大な武力を見せつければ日本は通好すると考えて日本に大軍を送りました。これが1度目の襲来です。
しかし、はなから日本の征服が目的ではなかったため、想定外の大風を機にあっさりと撤退したわけです。
その後、元は1276年に南宋を征服したので、もはや日本と国交を結ぶ必要もなくなりました。
そこで、次に問題になるのは二度目の蒙古襲来の目的です。
蒙古襲来は「雇用創生」?1275年9月、幕府の執権北条時宗が元の使者を斬首します。これにフビライが激怒して、2度目の蒙古襲来になりました。
しかしこれも、フビライの本当の目的は他にあったという説があります。
フビライは南宋を征服したものの、降伏したたくさんの南宋の兵士の処分に頭を悩ませていました。兵士として残すと膨大な費用がかかるからで、それに彼らを放置すれば将来的に叛逆されるおそれもありました。
だからといって、兵を辞めさせてしまえば浮浪者や盗賊などになって社会を乱す要因になりかねません。
そこで、フビライが不安因子の彼らに与えた「仕事」が、2度目の蒙古襲来でした。