「大化の改新」は後世の創作!?「乙巳の変」に秘められた謀略をめぐる最新学説を紹介【前編】 (1/3ページ)
大化の改新とは何か
645年(大化元年)に蘇我入鹿が暗殺された後、皇極天皇は中大兄皇子に皇位を譲ろうとしますが、皇子が固辞したため軽皇子(孝徳天皇)に譲位します。
そして孝徳天皇の時代に改新の詔が発表され、天皇中心の中央集権国家を築くために行われた一大政治改革が、「大化の改新」です。
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学校では実はもう「大化の改新=645年」とは教えていない!?あの語呂合わせは使えません乙巳の変で蘇我氏を滅ぼした中大兄皇子は「大化」という年号を定め、天皇中心の中央集権国家を築くため、さまざまな政策を行いました。
本稿では、この「大化の改新」はどのようなものだったのか、この政治改革は本当に行われたのか、その真相について前編・後編に分けて説明します。
