日本の法文化の基礎に…鎌倉武士が作ったルールブック「御成敗式目」は”昔のおきて”に留まらず! (1/2ページ)

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日本の法文化の基礎に…鎌倉武士が作ったルールブック「御成敗式目」は”昔のおきて”に留まらず!

「御成敗式目(ごせいばいしきもく)」というものをご存じでしょうか。これは、鎌倉時代の武士たちが作った、いわば“ルールブック”のようなものです。正式には1232年、鎌倉幕府の3代執権(しっけん)・北条泰時(ほうじょう やすとき)によって制定されました。

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それまで武士たちは「先例」や「道理」といった曖昧な慣習に頼って、争いや問題ごとを解決していました。しかし、武士の世界が広がるにつれて、土地の取り合いや荘園(しょうえん)とのトラブルなど、法律によってきちんと決めておかないといけないことが増えてきました。こうした背景のもと、御成敗式目は生まれました。

『英雄百首』の泰時。画:歌川貞秀(wikipediaより)

御成敗式目は、全部で51か条からなる簡潔な条文で、主に武士同士の争いごとをどう解決するか、地頭(じとう)や守護(しゅご)の役割はどうあるべきかといったことが書かれています。

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