神様が裁判官!?起請文、盟神探湯(くがたち)……中世日本の裁判における“見えざる力”への誓い (2/4ページ)
ただし、こうした起請文は、身体に直接苦痛をともなうものではなく、精神的な儀式として行われた点で、比較的穏やかな形式だったといえます。
とはいえ、日本にも以前はもっと過酷な「神の裁き」が存在しました。奈良時代や平安時代には、「盟神探湯(くがたち)」と呼ばれる方法がありました。
これは、熱湯に手を入れて、火傷を負うかどうかで真偽を判断するもので、神が正しい人を守ってくれるという考え方に基づいていました。身体を使って神意を問うこの方法は、ヨーロッパで行われていた「神判(オルダル)」とよく似ています。
ヨーロッパでも中世には、「火を持って歩き、火傷が治れば無実」「水に沈めば潔白」といった神判が広く行われていました。さらに、騎士同士が争いの正しさを剣で決める「決闘裁判」も存在し、「力によって神が味方する側が正しい」と信じられていたのです。