神様が裁判官!?起請文、盟神探湯(くがたち)……中世日本の裁判における“見えざる力”への誓い (1/4ページ)

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神様が裁判官!?起請文、盟神探湯(くがたち)……中世日本の裁判における“見えざる力”への誓い

現代の裁判は、証拠や証言、そして法律にもとづいて冷静に判決がくだされます。しかし、800年ほど昔の中世の人びとは、「本当のこと」をどう見つけ出すか、いまよりもっと難しい状況に直面していました。

証拠も記録もそろわないなかで、人びとはしばしば「神の力」に判断をゆだねていたのです。

日本の鎌倉時代に使われていた「起請文(きしょうもん)」も、そうした裁きの一つです。

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これは「私の言っていることが本当でなければ、神仏の罰を受けてもかまいません」という誓いを、文書のかたちで表したもので、争いごとの場面で用いられました。

起請文の例(「朽木家古文書」国立公文書館 所蔵 パブリックドメイン)

起請文を書いた人は、神社や寺にこもって数日を過ごし、その間に鼻血が出たり、病気になったり、身の回りに不吉なことが起きれば、「神が嘘を見破った証拠」とみなされました。

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