神様が裁判官!?起請文、盟神探湯(くがたち)……中世日本の裁判における“見えざる力”への誓い (3/4ページ)
西洋の中世神明裁判。中央の女性が熱した鉄棒を握って見せている(wikipediaより)
このように文化や宗教が異なっていても、日本とヨーロッパの人びとは、「人間には判断しきれないことを、神に裁いてもらう」という発想を共有していました。神や仏は、信仰の対象であると同時に、社会の秩序を支える裁きの存在だったのです。
やがて、こうした「神の裁き」は、しだいに姿を消していきます。ヨーロッパではローマ法の復興や大学での法学研究が進むことで、証拠や論理にもとづく裁判制度が発展していきました。
日本でも鎌倉幕府による『御成敗式目』などの法整備が進められ、起請文のような宗教的な手法は、徐々に制度の中から姿を消していきます。
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人びとはなぜ熱湯に手を入れ、なぜ神に誓いの文を書いたのか。
そこには、目に見えない「真実」や「正義」を見つけ出したいという、深い願いがありました。
