「凶賊」は実在した!強盗、殺傷、陵辱…江戸の町を震撼させた凶悪犯罪者、真刀徳次郎・葵小僧【前編】 (3/4ページ)
ちなみに強盗・強姦・殺人ですから、現代でも死刑か無期懲役はまず免れません。
そこで、火付盗賊改をはじめとする御先手組全36組が総動員され、厳戒態勢で葵小僧の捕縛作戦を展開。三つ葉葵の駕籠行列が通ったルート上の大店が被害に遭っていることが判明し、一味はことごとく捕らえられました。
葵小僧は徳川将軍のご落胤を自称して「葵丸」と名乗り、移動の際に徳川将軍家の三つ葉葵の御紋が入った立派な駕籠に乗り、徒士侍や中間(奉公人)を揃えた行列で移動していたのです。
鬼平の配慮ところが、これほど世間を騒がせた凶悪犯罪者であるにもかかわらず、葵小僧についての記録はほとんど残っていません。それは葵小僧が捕縛からわずか10日間で獄門に処されたためです。
このような短期間での一件落着は、江戸時代全期を通じて唯一の例だといえるでしょう。なぜこのような処理がされたのでしょうか。
平蔵は通常の捕縛の場合は慎重に詮議しましたが、葵小僧の事件では多くの性被害者が存在していました。