「大河べらぼう」吉原の遊女とは対照的な最下級の娼婦…たった350円で春を売る「夜鷹」の実態とは?【前編】 (5/6ページ)
それは時代によって異なりますが、おおよそ蕎麦一杯と同じ24文と考えられています。24文は幕末の相場を基準に、現在の貨幣価値に換算すると約350円に相当するといわれています。(円換算はその時代により異なります。)
吉原で遊ぶ場合、最上級の遊女を相手にすると、一夜をともにするだけで15万円ほどかかり、馴染みになるための宴席などの費用を含めれば数百万円にのぼりました。
仮に、最下級の「切見世」と称される店にいる局女郎でも、10分間で900円〜1,800円ほどかかったとされています。
このようなことから、夜鷹がいかに安価に遊べる存在だったかが理解できるでしょう。
どんな女性が夜鷹になったのか江戸時代においては、男女ともに平均寿命が30歳を下回っており、そのため「人生五十年」といわれていました。当時は、40〜60歳の女性がすでに「老婆」と見なされても不思議ではない年齢だったのです。
前述のとおり、夜鷹にはこうした年増の女性が多く見られました。彼女たちは吉原から岡場所へと流れ、そこでも生計が立てられなくなると、糊口をしのぐためにやむなく路上に立つ夜鷹となった者が多かったようです。
中には、夫を亡くして生活に困窮した未亡人や、浪人の妻や娘もいたといいます。