なんと日本初のキリシタンは海賊だった!”天使”の異名を持つ男「ヤジロウ」がザビエルと共に歩んだ生涯 (3/6ページ)
また一説では、在地の豪族であった禰寝(ねじめ)氏庶流•池端氏の出身とも言われているそうですが、はっきりしたことは分かっていません。
ルイス・フロイス『日本史』によると、ヤジロウは八幡(やわた、ばはん。海賊)であったと言われ、若い頃に殺人を犯して国外へ逃亡したそうです。
各地を逃げ回っていたヤジロウはアンジロウ(安次郎か)と訛って呼ばれたり、洋風にアンジェロ(天使の意)と呼ばれたりしました。
敵を天に召す(殺す)様子を皮肉られたか、あるいは背中に翼が生えたように逃げ足が早かったためかも知れません。
いずれにしても二つ名で呼ばれる人物などロクな者ではないでしょう。
しかしそんなヤジロウも、ザビエルとの出会いによって大きく変わりました。
洗礼を受け「聖信のパウロ」に
ヤジロウがザビエルと出会ったのは天文16年(1547年)12月。ポルトガル商人ジョルジュ•アルヴァレスがマラッカで二人を引き合わせます。
ザビエルの計らいでインドのゴアへ移動したヤジロウは翌天文17年(1548年)、ペンテコステ(聖霊降臨祭。イースターから50日目の祭礼)の日に洗礼を受けました。
ボン•ジェス教会で受洗したヤジロウは「聖信のパウロ」を意味するパウロ•デ•サンタ•フェの名を授かります。
パウロとなったヤジロウはゴアにある聖パウロ学院でキリスト神学を修め、信仰に生きるようになりました。