文学少女が遊郭へ…大正時代、吉原遊郭に売られた遊女「春駒花魁」脱走〜救済〜失踪の記録 (2/3ページ)
14歳で高等小学校を卒業した春駒は、幼いながらに家計を支えたことでしょうが、春駒が19歳となった大正13年(1924年)に父親が亡くなってしまいます。
父親は生活苦によるストレスからか深酒をしており、飲んだくれたことで多額の借金を残していました。
そこで春駒は長女として借金を返済するため、吉原遊郭へ奉公に出ることを決意します
しかしまさか自分が遊女にされるとは思っておらず、半ば騙されるように売り飛ばされてしまったのでした。
吉原遊郭の貸座敷・長金花楼(ちょうきんかろう。金華楼とも)で遊女となった春駒は、文字通りの生き地獄を味わったそうです。
そんな中で春駒の支えとなったのは日記を書くこと。日々の理不尽な仕打ちを書きつづることこそ、彼女にとっての「復讐」でした。
自分が受けた辛さや苦しさを、なかったことにはさせたくない。絶対に白日の下へさらしてやるんだ……そんな春駒の思いに、共感できる方も多いのではないでしょうか。
やがて花魁にまで昇りつめた春駒ですが、売り飛ばされてから2年後の大正15年(1926年。昭和元年)に長金花楼から足抜(脱走)しました。
自由廃業そして結婚
足抜した春駒はあてもなく逃げ出した訳ではなく、かねて憧れていた女流歌人・柳原白蓮(やなぎわら びゃくれん)の元へ逃げ込み、保護されたのです。ここでも春駒を救ったのは文学のつながりだったと言えるでしょう。