朝ドラ「あんぱん」嵩の弟・柳井千尋(中沢元紀)のモデルである柳瀬千尋の、駆逐艦・呉竹での最期 (4/4ページ)

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それは、戦場で砕けた弟の未完の未来を、創作で生かし続ける決意の言葉でした。  

駆逐艦・呉竹。千尋が乗船していた。

「誰かを救う力」は海峡を越えて

一部記事では「千尋=回天隊員」とする記述が散見されますが、史料的裏付けは皆無です。戦後早期の回想が混線したまま流布したのが原因で、近年の研究で否定されました。  

呉竹乗員71柱を祀る慰霊碑は大分県佐伯市と高知市に建立され、海自OBらが毎年献花を続けています。 

朝ドラ放送を契機に参拝者が増え、「柳瀬千尋」の刻名に手を合わせる若者も目立ちます。

柳瀬千尋が残したのは、戦果でも勲章でもなく、兄・嵩の胸に灯った「哀しみから生まれるやさしさ」でした。彼の23年という短い人生が、いま私たちの子どもたちに届くヒーロー像を支えているのかも知れません。

千尋の存在は、やなせたかしの中に息づいた。その思いがアンパンマンへと受け継がれ、国を超えた。

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