「べらぼう」に登場!蔦重の妻・てい(橋本愛)とは何者なのか?史実を紐解き、その生涯に迫る (5/6ページ)

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ていの実家?丸屋小兵衛について

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ちなみに劇中でていの実家?として描かれている丸屋の主人・丸屋小兵衛についても少しふれておきましょう。

丸屋小兵衛は生没年不詳。苗字は山本、人呼んで丸小(まるこ)または豊仙堂(ほうせんどう。豊僊堂)などと呼ばれていました。

寛延期(1748~1751年)から大伝馬町(おおてんまちょう)で営業し、のち通油町(とおりあぶらちょう)へ移転します。

浄瑠璃本や紅摺絵、錦絵を出版し、鳥居清信(とりい きよのぶ)・鳥居清倍(きよます)・鳥居清満(きよみつ)・鳥居清広(きよひろ)・山本藤信(ふじのぶ)・一筆斎文調(いっぴつさい ぶんちょう)・勝川春章(前野朋哉)・北尾重政(橋本淳)などの作品を世に出しました。

やがて地本問屋の株を蔦重に売却、晴れて蔦重は天明3年(1783年)9月に通油町へ出店を実現したのです。

ちなみに同じ屋号を掲げる丸屋九左衛門(きゅうざゑもん/くざゑもん)とも関係があるとされ、こちらは安永(1772~1781年)ごろに廃業してしまいました。

劇中で言及された「蔦重の往来物にとどめを刺された」「一人娘の元婿が、扇屋の花扇(はなおうぎ)に入れ込んで財産を使い果たしてしまった」などと言った設定は、この辺りの要素を混ぜ込んだのかも知れませんね。

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