大河「べらぼう」田沼意次の側近・三浦庄司(原田泰造)の栄光と、後に訪れる転落の生涯… (2/4ページ)
(※)庄司は本来、領主に代わって荘園の管理を司る代官(荘官)の意味。ここでは彼の実家が庄屋であることを示したのでしょう。
また庄次、庄ニ(読み同じ)などとも呼ばれています。
利発で農政に明るかったことから田沼意次に取り立てられ、田沼の用人である三浦五左衛門(ござゑもん)の養子となりました。
劇中でも言及されているとおり、目利きをもって平賀源内(安田顕)や工藤平助(おかやまはじめ)らの知識人を見出し、田沼意次とつなぐ役割を果たしています。
やがて田沼意次が権力を握ると、三浦庄司も順調に出世。そのお陰で、故郷の兄弟たちは福山藩士に取り立てられました。
大名さえも軽くあしらう権勢ぶり
そんな田沼意次や三浦庄司らの権勢ぶりがいかほどかと言うと、肥前国平戸藩主・松浦静山(まつら せいざん。松浦清)の随筆『甲子夜話』に、こんなエピソードが残っています。
……今にいかゞ(いかが)と臆中(おくちゅう)に殘りしは、公用人(こうようにん)三浦某と云し(言いし)を用(もちい)、賴に約して主人の逢日に往て、取次を以て三浦へ申入ければ、答るには、只今御目にかゝるべし。然(しかれ)どもそれへ出(いで)候(そうろう)ときは、御客の方御とりまきなさるゝゆへ、中々急に謁見叶難く候間(そうろうかん)、何卒密(ひそか)に別席に御入り有たし迚(とて)、予(よ)を隱處(こもりど)へ通し、密に逢たりし。