横浜人の気質「ハマっ子三日」どういう意味?誰が最初に?言葉の起源をたどってみると… (3/4ページ)

Japaaan

終わりに・懐の深さと強烈な地元愛

三代目歌川広重「横浜海岸鉄道蒸気車図」

今回は「江戸っ子三代・ハマっ子三日」の由来について調べてきました。元は「ハマっ子一日」だったのですね。

昔から神奈川県は東京をライバル視していると言われており、もしかしたらハマっ子たちに

「花のお江戸だ東京だと、お高く気取ってはいるが、結局はお上りさんの集まりじゃないか。その点われらが横浜は、日本全国ひいては世界中に開かれているぶんスケールが大きい!」

という自意識があったのかも知れませんね。

東京だって横浜以上に開かれていると思いますが、横浜には幕末期に江戸より早く開港したという自負など、東京に対するライバル意識があるのでしょうか。

♪わが日の本は島国よ 朝日かがよう海に

連りそばだつ島々なれば あらゆる国より舟こそ通え♪

♪されば港の数多かれど この横浜にまさるあらめや

むかし思えば とま屋の煙 ちらりほらりと立てりしところ♪

♪今はもも舟もも千舟 泊るところぞ見よや

果なく栄えて行くらんみ代を 飾る宝も入りくる港♪

※横浜市歌(作詞:森鴎外/作曲:南能衛)

【意訳】私たちの日本は島国です。

「横浜人の気質「ハマっ子三日」どういう意味?誰が最初に?言葉の起源をたどってみると…」のページです。デイリーニュースオンラインは、ハマっ子昭和時代江戸っ子神奈川県横浜カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る