横浜人の気質「ハマっ子三日」どういう意味?誰が最初に?言葉の起源をたどってみると… (1/4ページ)

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横浜人の気質「ハマっ子三日」どういう意味?誰が最初に?言葉の起源をたどってみると…

日本全国津々浦々、地域性というものがございます。

転入したその日から一員として迎え入れられる地域があれば、江戸っ子三代などと言うように祖父母の代から住んでいないと一員に認められない地域も少なくありません。

幕末に開港し、盛んな多文化交流を展開してきた横浜では、その開放的な気質から「ハマっ子三日」などとも言われてきました。

つまり生まれや育ちに関係なく「三日住んだら、あなたも立派な横浜人(ハマっ子=横浜の子)」ということですね。

ところでこの「ハマっ子三日」とは、いったい誰が言い始めたのでしょうか。今回は「ハマっ子三日」の起源について調べたので、紹介したいと思います。

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最初は「ハマっ子一日」だった

五雲亭貞秀「神奈川横濱新開港図」

結論から言うと、この「ハマっ子三日」の提唱者は、コラムニストの青木雨彦(あおき あめひこ。昭和7・1932年生~平成3・1991年没)でした。

具体的な日時は明らかにされていないものの、確認できる限りで最も古い発言は、昭和56年(1981年)の朝日新聞に記録されています。

※「朝日新聞」昭和56年(1981年)11月16日夕刊「新人国記81(155)神奈川県12 ずらりペンの同窓」より。

ちなみに青木雨彦はハマっ子について、三日ではなく一日と言ったようです。

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