純喫茶の”純”って何?を深堀り!ルーツを辿るとそこには江戸時代の「水茶屋」「引手茶屋」の存在が (3/4ページ)

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(ちなみに「三美人」は、富本豊雛・難波屋おきた・高島屋おひさ)

喜多川歌麿「当時三美人」

大河『べらぼう』に登場か!?喜多川歌麿の名作「寛政三美人」実在したモデルの正体は誰?

そのうち、やや高額なお金を取り、茶汲み女が酒の相手をする茶屋もでてきました。お客は現代のチップのように、茶くみ女にお金を渡します。そういう店が現代のキャバクラや水商売の原型であるともいえます。

やがて「出会い茶屋」といって、茶屋の奥座敷や二階で男女のあいびきの場所にしたり、茶屋娘が春を売る売春の場にもなりました。こちらの役割としては現代のラブホテルともいえます。

編み笠茶屋から引手茶屋へ

一方、吉原のような幕府公認の遊郭へ行く道には、「編笠茶屋」ができました。編笠茶屋は、客が遊女のもとに行くために顔を隠すため「編笠」を貸した茶屋のこと。笠を貸すだけではなく、一服したり腹ごしらえができる場所でもありました。

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