【べらぼう】三人の女、つよ・てい・そして歌麿…そうきたか!歌麿の心情に視聴者もらい泣き (4/7ページ)
その実名は広瀬津与(ひろせ つよ)と言い、劇中では蔦重を捨てたことになっていますが、実際は喜多川氏(蔦屋)へ養子に出していました。
7歳で生き別れたとは言え教育熱心な母親だったそうで、蔦重の成功はその教えが大きく影響していたことでしょう。
「入(へぇ)りやがれ、べらばぁ(婆)め(帰りやがれ、べらぼうめ)!」
なんて言っていましたが、実際は蔦重が日本橋に出店した後に、自ら招いています。孝行息子だったんですね。
つよは寛政4年(1792年)10月26日に世を去ってしまうので、物語の終盤までは耕書堂のムードメーカーとして、みんなを盛り上げてくれることでしょう。
人抱え 初めてわかる 父母の恩
図々しくお代わりを要求するつよ。NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」公式サイトより。
米は値上がりする中、つき合いが商売につながるから食客を養うのはやめられない……ここが他の板元とは異なる蔦重の魅力でした。
……唐丸(蔦重)は頗(すこぶる)侠気あり。故に文才ある者の若気に放蕩なるをも荷担して、又食客となして財を散ずるを厭はざれば、是がために身をたて名をなせし人々あり。蜀山老翁うた麿馬琴抔其中也。