江戸の治安を支えたレジェンド〜史実で読む『遠山の金さん』が遺した“庶民を守る裁き”【後編】 (1/4ページ)
【前編】では、中山勘解由の活躍や大岡忠相の施策、「大岡裁き」の真相について説明しました。
拷問の名手・中山勘解由、庶民の英雄・大岡越前~江戸時代の治安を支えたレジェンドたち【後編】では、根岸鎮衛の有名な「め組の喧嘩」のエピソード、そして時代劇でもお馴染みの遠山景元について見ていきましょう。
根岸鎮衛と「め組の喧嘩」根岸肥前守鎮衛(1737~1815)は、長谷川平蔵が火盗改だった時期と同時代の人物です。大岡忠相や遠山景元とともに、町奉行として江戸の庶民に人気が高かったといわれています。
根岸は旗本ではなく150俵取りの御家人でしたが、勘定方として能力を発揮して旗本に取り立てられ、老中・松平定信の時代には勘定奉行に抜擢されました。
彼は勘定奉行を11年間務めると、寛政10年(1798)に60歳で南町奉行の職に就いて1年間勤めました。御家人から町奉行への昇進というのは異例なので、かなり優秀だったのでしょう。
ちなみに長谷川平蔵は寛政7年(1795)に亡くなっているため、根岸鎮衛が南町奉行として『鬼平犯科帳』には登場することはありません。むしろ藤枝梅安シリーズの時代設定における南町奉行にあたります。
根岸鎮衛は奉行として多くの判例を残しますが、特にその名を高めたのが「め組の喧嘩」でした。
