実は作り話なのか?江戸時代の「義民」や「義賊」誕生の実態 ~佐倉惣五郎、鼠小僧次郎吉~ (1/3ページ)
抑圧政策と武家の堕落
江戸幕府は争いを無くすため、庶民を抑え込む政策を採りました。
むしろ争いというよりも、戦国時代のような血を血で洗うような世の中が再来することのないよう、戦乱や騒乱の種になりそうなものは片端から芽を摘んでいったのです。
そんな事情もあって、徒党を組んで強訴することは厳しく禁じられました。もし起こした者は、例え正当な理由であっても厳刑に処せられました。
こうした、荒療治ともいえる強圧的な抑圧政策によって、人々はお上が決めたことに対して従順になり、世界史的にも奇跡的な平和の時代が到来したわけです。

しかし、人々に不満がまったく無かったわけではありません。特に江戸時代後期は度重なる飢饉に見舞われましたが、効果的な対策を打ち出す武家はほとんどいませんでした。
また、武家そのものの堕落も顕著でした。彼らは武士としての清廉さを捨てて、商人や農民から金をもらうことで苗字帯刀を許すということを行うようになります。
こうして、支配階級としての武士は、その権威を疑問視されるようになっていったのです。
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江戸時代、なぜ犯罪者はヒーロー化したのか?武士の堕落が生んだ鼠小僧ら「義賊」の真実 義民・佐倉惣五郎人々の不満は高まる一方でしたが、よほどの覚悟が無ければ蜂起することなんてできません。
