幕末に尊王攘夷を貫き「安政の大獄」で粛清された志士たちの残酷すぎる末路【後編】 (3/5ページ)
頼三樹三郎(らい みきさぶろう)
Wikipedia 安島帯刀
幕末の儒学者で、20歳ごろから尊王攘夷の志を持つようになります。30歳で母が亡くなると、自重していた尊王攘夷運動に歯止めがかからなくなり、家族を捨ててのめり込みます。
3年後、将軍後継で朝廷に一橋慶喜擁立を働きかけ、強烈な幕政批判を行います。その後、安政の大獄で捕らえられ斬首されました。享年35歳。
安島帯刀(あじま たてわき)
Wikipedia 安島帯刀
水戸藩の家老で、一橋慶喜の将軍後継に奔走。個人として平岡円四郎(ひらかえんしろう)や梅田雲浜、橋本左内、鷹司家や三条家などと通じていて、幕府から危険視されていました。戊午の密勅(ぼごのみっちょく)関与の疑いで軟禁されます。戊午の密勅とは、幕府をかいさず水戸藩に朝廷が直接下した幕政改革の密勅のことです。幕府尋問で無罪となったにも関わらず、理不尽に井伊直弼の命で切腹させられます。享年49歳。
鵜飼吉左エ門(うがいきちざいもん)水戸藩の京都留守居役。