『べらぼう』幻覚に苦しむ歌麿、妻となる”きよ”と出逢い、師匠・石燕との再開でいよいよ覚醒か (7/8ページ)

Japaaan

「それくらいで、ちょうどいいのさ」石燕かく語りき

活き活きと自分の絵を描く歌麿。NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」公式サイトより。

さて、石燕に弟子入りした歌麿は、三つ目について問いかけます。

「先生の三つ目の目には、妖が見えてるってことですよね?」

「そういうことじゃな」

「あの、俺もほんとにそんな目、持ってるんですか?」

「まぁ、多分持ってんじゃねぇかなぁ」「持ってりゃ、そのうち何か見えてくるさ」

「ほんとですか?」

「多分」

「いい加減だなぁ」

本当に妖が見えているかなんて、誰にも分かりやしない。見えたところで、それが妖なのか本当なのかも分かりやしない。でも、世の中そんなもんです。そのくらいが、ちょうどいいのです。

理屈はいいからその辺のもの、何でもいいから描きたいものを描きたいように描いてみろ。それで歌麿が選んだのは、庭先の花でした。

まじまじと見て、手にとって。誰かの絵じゃなくて、実物を初めて自分で描く。それを楽しんでいる様子が伝わります。

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