【大河べらぼう】誰袖花魁を身請けするも横領が発覚「土山宗次郎(栁俊太郎)」が辿った非業の末路 (2/6ページ)
意次が蝦夷開発を積極的に推進するなかで、その探査役として、大きく関わっていく。また吉原での豪遊も絶えず、大田南畝のパトロンとして、贅沢(ぜいたく)の限りを尽くし、やがて大文字屋の花魁(おいらん)・誰袖(たがそで/福原 遥)を莫大な金額で身請けするも、意次が失脚すると、悲運な人生をたどっていく。
※NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」公式サイトより。
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元服して通称を宗次郎、または藤次郎と称しました。諱(いみな。実名)は土山孝之(たかゆき)です。
やがて日下部七十郎女(くさかべ しちじゅうろう娘)を妻に迎え、一人娘を授かりました。後に養女(柳田政武妻)を迎えていますが、跡を取らせる男児は迎えなかったのでしょうか。

