大河『べらぼう』苦しむ歌麿の呪縛を解いた、現代のクリエーターの魂を揺さぶる鳥山石燕の言葉【後編】 (3/7ページ)
鳥山石燕の『画図百鬼夜行』。左上から、ドラマ内で描いていた、ぬっぺふほふ、犬神、白児、猫また、たぬき。
そんな石燕は耕書堂の本を読み、「これはあの時の、三つ目の小僧が描いた絵に違いない」と、店を尋ねてきます。
初めて唐丸に出会った時、母親に暴力を振るわれおでこの真ん中にたんこぶを作っていたので、石燕は彼を「三つ目」と呼びました。
ちょうど「妖怪三つ目小僧」のようにおでこの真ん中にたんこぶがあるから単純にそう呼んだのでしょうか。「妖怪がそこにいるのが見える」と言っていた石燕のことだから、歌麿が素晴らしい才能を持つことを瞬時に感じ(それを感じとる石燕も三つ目の持ち主なのでしょう)、両目以外に持つとされる特別な感覚器「第三の目(サードアイ)」の意味で言ったのかもしれません。
店に戻ってきた歌麿を見て
「やはり歌麿は三つ目であったか〜!」
「なんで来なかった? いつくるか、いつくるかと待っておったのじゃぞ」
「けど、よう生きとったな、よう生きとった」
と大喜びする石燕。見ているほうも嬉しくなるようなシーンでしたね。子供時代、1回会っただけなのに自分を覚えていてくれたことに驚いた歌麿が「覚えていてくれたんですか」と聞くと、
「忘れるか!あんなに楽しかったのに」という石燕。