大河『べらぼう』苦しむ歌麿の呪縛を解いた、現代のクリエーターの魂を揺さぶる鳥山石燕の言葉【後編】 (5/7ページ)

Japaaan

絵を描くことを生業にしている人にはもちろんダイレクトに響く言葉ですが、SNSの意見を見ると、絵だけに限らず、文字、文章、踊りなど、“何かを表現する人”すべてに響いたようでした。

石燕の言葉に視線を下に落とした蔦重には「クリエーターとして悩みの沼に落ちた歌麿を救えるのは、俺ではなく同じクリエーターの師匠しかない」という表情が感じ取れました。

弟子入りするために耕書堂を出て、石燕の家にいく歌麿。歌麿が腕を上げて本が売れれば俺も万々歳、「こっちは骨を折らずとも『濡れ手に粟』ってもんよ」と、強がる蔦重。けれど、「いろいろ間違ってましたさ」は、本当に寂しげでした。

「濡れ手に粟、棚から牡丹餅」は蔦重の地口なのですが、生真面目なていは「濡れ手で粟」と即、修正。「今、そこじゃない!」と言いたくなるようなズレている感で、そっけないのですが、落ち込む蔦重を思い遣ってツッコミをしているのが分かります。

そして、「あんたは本を売るのが仕事だろ?」と、はっぱをかけるつよ(高岡早紀)は実の母親らしい励まし方。「なぐさめてんじゃねえよ!ばばあ」という蔦重の間に親子愛を感じました。

NHK大河ドラマ「べらぼう」公式サイト

ありのままに絵を描く楽しさを取り戻した歌麿

石燕の家は、あの風貌らしからぬ、こざっぱりときれいに片付いていて、そこにびっくりしていた人も多かったようです。

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