弟を謀殺、父の葬儀で愚行!織田信長の天下人のイメージが覆るありえない破天荒エピソード (4/6ページ)

Japaaan

延暦寺は「残らず放火」、「男女三、四千人死亡」など被害の甚大さが後世にも伝えられています(真偽に関しては諸説あり)。

破天荒で片付けるにはあまりに残虐なこの仕打ち、これ以来、信長は僧侶によって「第六天魔王」=悪をもたらすものと呼ばれるようになるのです。

安土城築城

ノリにノっている信長は、およそ3年かけて琵琶湖東岸の安土山に城を築きます。幻の城、安土城です。地下1階地上6階建てで、天主の高さが約32メートルという、当時としては最大級の大きさ。このような大型の天守を築きあげたのは日本で初めてであり、信長の栄華を見せつけるかのような豪華絢爛さでした。

一目見ただけで、皆が平伏したくなるほどの城だったようです。安土城の佇まいはまるで、「天下統一するのは織田信長だ!」といわんばかり。大きさのみならず、それまでの城にはない独創的な意匠で、他の戦国大名を圧倒したのです。

また、立地の点からも、安土城は優れた城でした。当時の日本の中央拠点であった京の都に近く、琵琶湖の水運も利用できたのです。

本能寺の変

安土城の完成からわずか3年後の1582年、謎に包まれた事件とともに突如として織田信長の生涯は幕を閉じます。誰もがご存知の本能寺の変です。

いきさつとしては、信長は備中高松城にて毛利攻めを行っていた羽柴秀吉の使者より援軍の依頼を受けました。

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