『べらぼう』と同時代に在位した日本の歴史上最後の女帝「後桜町天皇」の素顔と功績 (2/5ページ)

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第117代・後桜町天皇

第117代天皇・後桜町天皇は、第115代天皇である桜町天皇の第2皇女として元文5(1740)年に誕生しました。異母弟に第116代桃園天皇がいましたが、桃園天皇は宝暦12(1762)年、22歳の若さで亡くなってしまいます。

桃園天皇には皇子である英仁親王(後の後桃園天皇)がいましたが、このときまだ5歳でした。この頃は、摂関家が天皇と対立した「宝暦事件」が起こるなど、政治的な混乱が起こっていた時期でした。

そういった時代背景もあり、中立的な立場でなおかつ英仁親王と血縁の近い天皇を・・・ということで白羽の矢が立ったのが、英仁親王の伯母(おば)である智子(としこ)内親王・後の後桜町天皇だったのです。

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