『べらぼう』と同時代に在位した日本の歴史上最後の女帝「後桜町天皇」の素顔と功績 (4/5ページ)
空腹のあまり人肉を喰らった人も… 江戸時代に起きた史上最悪の「天明の大飢饉」はどのようなものだったのか?
光格天皇が朝廷の権威向上に努めたことは、その後幕末の尊王思想、明治維新へと繋がっていったともいわれ、その教育・補佐を務めた後桜町上皇は「国母」と呼ばれるようになりました。
後桜町天皇は、後桃園天皇が成長するまでの「中継ぎ」の女帝だったという意見もあります。
そもそも幕府が政治の実権を握っていた江戸時代のことなので、奈良時代と比べると天皇がバリバリ政治手腕を振るうことは難しかったでしょう。
そんな中でも民のことを思い、後を継いだ天皇にもその姿勢を伝えた後桜町天皇は、生涯独身で子供はいませんでしたが、「民の母」という意味で「国母」の名にふさわしい方だったのではないでしょうか。
