『べらぼう』と同時代に在位した日本の歴史上最後の女帝「後桜町天皇」の素顔と功績 (3/5ページ)
三英舎 “御歴代百廿一天皇御尊影” Wikipediaより
後桜町天皇の即位式は、新調された白の礼服を着用の上、男性の天皇と同様に行われました。礼服は、最初は宮中の内蔵寮(くらりょう)に保存されていた女帝の衣装を運び出したものの、着ることができなかったようです。というのも運び出された衣装は、奈良時代の孝謙天皇の即位式で着用されたと思われるもの。
後桜町天皇の前の女帝・明正天皇は即位時8歳の「幼女帝」だったので、その衣装を大人である後桜町天皇が着ることはできなかったのですが、かといって奈良時代の衣装を江戸時代に着ることも無理で、結局新調されたようですね。
後桜町天皇の功績は
後桜町天皇は、院政を敷くことなく自ら政務や大嘗祭などの行事を執り行い、9年間天皇に在位した後に甥の後桃園天皇に皇位を譲りました。譲位後も、上皇として後桃園天皇・その後に即位した光格天皇の教育・補佐に当たりました。
全国で一揆や打ち壊しの相次いだ「天明の大飢饉」の際には、幕府の許可を得ずに飢えに苦しむ民衆に食べ物を振る舞った逸話も残っています。その姿勢を引き継いだ光格天皇もまた幕府にかけ合い、救済米1500石を飢える人々のために放出させました。