京都 三条大橋「土下座像」の正体は? 実は土下座ではなかった尊皇思想家・高山彦九郎の忠義心【前編】 (1/3ページ)

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京都 三条大橋「土下座像」の正体は? 実は土下座ではなかった尊皇思想家・高山彦九郎の忠義心【前編】

京都の三条大橋を渡ったことがある人なら、橋のたもとにひとつの銅像を見たことがありますよね?皇居の方角に深く頭を下げる姿から「土下座像」と呼ばれています。

待ち合わせ場所としても知られていますが、あれは高山彦九郎(1747年〈延享4年〉–1793年〈寛政5年〉)という人物の像です。

江戸時代後期の尊皇思想家で、「寛政の三奇人」のひとり。

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彼は生涯の大半を旅に費やし、各地で出会った人びとや出来事を日記に残しました。その記録は幕末の志士たちにも読まれ、大きな影響を与えました。

ここではまず、彦九郎がどう志を抱き、どのように旅を重ねたのかを見ていきましょう。

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