吉原遊廓はまるで“ひとつの社会”…女郎屋に暮らす人々の役割とリアルな日常 (3/4ページ)

Japaaan

遣り手のほとんどは元女郎。女郎として年季(何年間働きますという奉公の契約)を勤め上げ、借金を返し終えても吉原に残る道を選んだ、ある意味吉原最強の女性かもしれません。

左から、禿(かむろ)、花魁、遣り手 Wikipediaより

それだけに現役の女郎にはとても厳しく、逐一監視して小言を言ったり、悪さをすれば折檻したりと、嫌われる仕事を率先して請け負っていました。

若い衆(わかいし)

吉原の妓楼に勤め、接客対応する男性の事を若い衆や若い者と呼びました。彼らの仕事は多岐にわたります。

例えば見世を取り仕切る番頭、2階を采配する廻し方、妓楼の入り口の台に座って見張りや呼び込みをする牛太郎(妓夫)、客の履物を預かり下足札をつけて下駄箱にしまう下足番、花魁道中の際に先頭を歩く金棒引き、花魁に傘を差す傘差し、花魁に肩を貸す肩貸しの男衆など。

花魁に傘を差す若い衆(若者)の図 文・十返舎一九/絵・歌麿「青楼年中行事 上巻」国立国会図書館蔵

雇い人

若い衆とは別に、接客をせず裏方の仕事をする男女の奉公人の事です。台所で客に出す膳の物や女郎たちのまかないなどを作る料理番、風呂の用意をする風呂番、夜中に2階の行燈1つ1つに油を足しつつ見回りをする寝ずの番、女郎の着物の繕いなどの針仕事をするお針子さんなど。

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