【べらぼう】蔦重が松平定信に”書をもって断固抗う”決意を込め実際に出版した黄表紙3冊を紹介 (3/6ページ)

Japaaan

なにぶん物価高で食費がかさむため、口減らしとして奥州へ逃げ込んだテイを装ったのです。

義経はもちろんのこと、武蔵坊弁慶や常陸坊海尊、義経四天王など大飯ぐらいが奥州へ転がり込みました。

奥州の主・藤原秀衡はたまらず「蝦夷地を征服されてはどうか」とそそのかします。

それを聞いた義経は、意気揚々と蝦夷地へ殴り込みをかけました。

途中で並居る強敵がたちはだかるも、鎧も城も昆布で出来ているから、みんな味をつけて食い尽くします。

かくして蝦夷地を征服した義経は、現地の武将に統治を任せたところ、これがとんでもない曲者でした。

賄賂をとるわ遊び惚けるわ、挙句の果てには義経の妾にまで手を出そうとする始末。

そこで義経は昆布で築き上げた街も御殿もみんな引き上げ、昆布の船で鎌倉へ帰ります。

蝦夷地は元通りの荒れ地に戻り、鎌倉には蝦夷名物の昆布がもたらされたのでした。

解説

田沼政権が手がけていた蝦夷地開発を揶揄し、現地の武将らは田沼派の体たらく(情けない有り様)を風刺しています。

もちろん義経のモデルは定信。思い切り持ち上げることで、却って皮肉となる趣向でした。

「【べらぼう】蔦重が松平定信に”書をもって断固抗う”決意を込め実際に出版した黄表紙3冊を紹介」のページです。デイリーニュースオンラインは、時代世話二挺鼓文武二道万石通悦贔屓蝦夷押領戯作田沼意知カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る