江戸時代の越後屋呉服店(三越)はこうして大成功した!盗賊にも狙われた大店の実態 (1/3ページ)
盗人が狙った江戸の「大店」
『鬼平犯科帳』では、多くの商家が盗賊の被害に遭うことで物語が始まることが多いですが、実際に江戸の街には豪商と呼ばれる商家が数多くありました。
特に、江戸の町人地の通りに面する「表店」には商家が軒を並べていました。
こうした商家は「大店」「中店・小店」「棒手振り」の3つに大別され、メインストリートである南北の日本橋・京橋通りと東西の本町通り界隈には大店が立ち並んでいました。
江戸の豪商として最も有名なのが、時代劇で越後屋として登場し、のちの三越の元になった越後屋呉服店でしょう。
越後屋呉服店の創業者は、三重県松坂の出身である三井高利です。彼は江戸で店を開き、両替商としても成功しました。
江戸での商いは基本的に掛け売りで、客は盆暮れなどにまとめて代金を支払うというものでした。さらに、値札は無く店と客が交渉して値段を決める相対売りが一般的でした。
これに対して、高利はもともと値引きした額の正札(値札)を付けてその場で現金払いをする現金掛け値無しのシステムを取り入れ大成功したのです。
このシステムなら、客としては交渉の手間が省けて明朗会計となり、店側も掛け金の踏み倒しの恐れもなく、すぐに現金を手に入れられるので経営の安定につなげることができたのです。
