徹底していた江戸時代の「リユース文化」の驚き。”捨てない文化”が経済を回していた!? (2/3ページ)
割れたり、欠けた茶碗や皿をくっつける焼きつぎ屋は18世紀末から存在しており、彼らの台頭によって食器を売る瀬戸物屋の売上が減ったともいわれています。
下駄を直す職人は木ヅチやカンナ、ノミなどを箱に入れて持ち歩き、注文が入るとその場で作業を行いました。
鍋や釜を直す鋳かけ屋も道具を持ち歩き、その場で壊れた箇所に金属を流し込んで修理したといいます。
ほかにも、破れた傘や提灯を張り替える張り替え屋、刃物を研ぐ研ぎ屋など、江戸時代にはさまざまな職人が活躍していました。
現代なら、新しいものが売れないと経済停滞の一因となりますが、江戸には壊れたものを修復するための雇用があったので、リユース文化が維持できたのです。
古着と針仕事また当時、新しい着物を仕立てられるのは富裕層に限られていたので、庶民は古着屋を利用していました。
当時は布が貴重だったので、仕立てでも半端な部分を残しませんでした。着物は体に合わせて布を裁断できるので、ムダな裁ち落とし部分が出てしまう洋服と違い、端切れが出なかったようです。
古着だからといって古めかしいものを我慢して着るのではなく、最先端のファッションも楽しんでいました。
例えば、江戸時代には縞模様の柄が流行りましたが、庶民は古着屋で編模様の着物を手に入れていました。
江戸の古着屋街は神田川沿いの柳原土手(現在の神田万世橋あたり)にあり、江戸っ子だけでなく、江戸周辺の人たちも古着を買い求めに来たといいます。