朝ドラ「あんぱん」消息は現在も不明…浜辺ヒラメ(浜野謙太)のモデル・海野かつをの生涯 (1/5ページ)
朝ドラ『あんぱん』の登場人物には、モデルとなった人物がいます。芸人・浜辺ヒラメ(演:浜野謙太)のモデルとなった海野かつをもその一人です。
海野かつをは、昭和を代表する芸人や喜劇俳優として活躍。銀幕や舞台でその存在感を示しました。
下町で育ったかつをが、いかにして芸人として名を上げたのか。そしていかにしてアンパンマンと出会ったのでしょうか。
海野かつをの人生を辿っていきましょう。
浅草が育てた喜劇人の原点昭和7(1932)年4月29日、海野(うみの)かつを(本名海野教麿〔うんの・きょうまろ〕)は、東京府東京市(現・東京都区部)で生を受けました。
かつをの生家は、下町の浅草にある仁丹塔のそばで代々続くお好み焼き屋です。
当時から浅草は、コメディアン、芸人の街でした。かつを自身も客である芸人たちと知り合い、可愛がられたと伝わります。
この経験が、かつを少年を芸人や芝居へと惹きつけていきました。
まだ戦時中である昭和19(1944)年、12歳のときに大映の映画『五重塔』に子役として出演。最初の仕事が銀幕という華々しいスタートでした。
翌昭和20(1945)年、終戦。以降、かつをは芸人を目指すこととなります。
かつをが芸人として活動するために選んだのが、多くの俳優を生んだムーラン・ルージュ新宿座でした。