『べらぼう』恋川春町の“豆腐オチ”の切腹…“推しの死”に慟哭する定信の心情を考察【後編】 (4/6ページ)

Japaaan

皆も決して権力に屈して、己の筆を折るようなこと、本を売らなくなるようなことをしない……という強い思いが含まれていたと思います。

恋川春町の墓のある成覚寺 (新宿区指定史跡)wiki

新宿区の成覚寺にある、恋川春町の墓跡には辞世の句の一部「我もまた 身はなきものと おもひしが 今はの際は さびしかり鳧(けり)」が、刻まれています。「鳧」は鴨のこと。『鸚鵡返文武二道』の「鸚鵡」のけりは「鴨」でつけたぞという意味合いでしょうか。

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チーム蔦重には、恋川春町の思いは伝わっていたようです。

「戯ければ、腹を切られねばならぬ世とは、一体誰を幸せにするのか。」

定信に春町の切腹を伝えに行く松平信義。「腹を切り…」と言ったあとに、ハハハハハッと大笑いして「豆腐の角に頭をぶつけて」と続けます。この大笑いに、心の底からの怒りが込められていました。

信義にも戯作者として最期に笑いを提供する「豆腐の角に頭をぶつける」意味や戯作者としての矜持がすぐにわかったのでしょう。

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