奈良・明日香村「菖蒲池古墳」の謎──被葬者は、蘇我蝦夷・入鹿か、それとも石川麻呂か? (2/5ページ)

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菖蒲池古墳玄室内の家形石棺(撮影:高野晃彰)

2基の家形石棺を安置する石室は、羨道部および玄室南端部を失っているものの、花崗岩の巨石を用いて南向きに構築された横穴式石室である。玄室は両側壁が二段積みで、計八個の石材が整然と積み上げられている。奥壁は粗加工の石材を二段に積み、下段はほぼ垂直、上段はやや内傾させて構築されており、石材の間隙や側壁の凹部には広範囲に漆喰が塗布されている。

石室は両袖式であるが、羨道の大半が土に埋没しているため、全長などの詳細は不明である。現存する玄室の内法は長さ7.3メートル、幅2.6メートル、高さ約2.6メートルであり、近鉄飛鳥駅近くに所在する岩屋山古墳に類似していることが指摘されてきた。

菖蒲池古墳家形石棺実測図(飛鳥資料館 『飛鳥時代の古墳』1979年)

玄室に据えられた2基の家形石棺は、ほぼ同一の軸線上に配置されている。石棺の材質はいずれも竜山石の凝灰岩をくり抜いたものである。

うち、入り口寄りの石棺は、身の四隅および長辺中央に柱を刻み、上端に梁と桁、下端に土居桁を浮彫で表現する。

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