【べらぼう】逃げ出した唐来参和(山口森広)、その後どうなった?大河では描かれない戯作者の行方 (4/4ページ)
※深草少将とは小野小町から「百夜通ってくれたら付き合いましょう」と言われ、九十九夜まで通ったものの、百夜目で凍死してしまった人物です(モデルはいるが、創作人物)。
よほど思い入れていた女性がいて、彼女の元へ通うために質草を手放してしまったのかも知れませんね。
狂歌集には『狂文宝合記(きょうぶんほうごうき)』『老莱子(ろうらいし)』などに入集しました。
また『手拭合(たなぐいあわせ)』では跋(ばつ。後書き)を担当。他にも『徳和歌後万載集(とくわか ごまんざいしゅう)』『十才子名月詩集(じっさいしめいげつししゅう)』『吾妻曲狂歌文庫(あづまぶりきょうかぶんこ)』などに狂歌を残しています。
そして文化7年(1810年)1月25日、67歳で世を去ったのでした。
唐来参和・基本データ
唐来参和と『人唯一心命』表紙。NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」公式サイトより。🄫NHK
生没:延享元年(1744年)生〜文化7年(1810年)1月25日没(67歳) 本名:加藤源蔵 屋号:和泉屋源蔵 狂名:質草少々 別名:唐来山人(とうらいさんじん) 身分:武士→町人 職業:高家家臣?→娼家経営・戯作者今回はチーム蔦重のムードメーカー?唐来参和について紹介してきました。
劇中では逃げ出したことになってしまったので、このままフェイドアウトしてしまうかも知れません。
果たして彼の復帰はあるのか!?期待したいですね!
※参考文献:
徳田武 校注『近世物之本江戸作者部類』岩波書店、2014年6月 日本古典文学大辞典編集員会『日本古典文学大辞典 第4巻』岩波書店、1984年7月日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan