なぜ「鰹節」にカビをつけるのか?江戸時代の日本で完成した画期的な発酵の知恵 (2/3ページ)

Japaaan

江戸時代に完成した「今の鰹節」

江戸時代に入ると、日本各地で食文化が大きく発展しました。その流れの中で、鰹節もさらに進化を遂げます。

とくに土佐(高知)や薩摩(鹿児島)では、従来の焙乾だけではなく「カビ付け」という独自の技法が考案されました。これは、乾燥させた鰹節にカビを生やし、さらに発酵・乾燥を繰り返す方法です。カビの働きによって余分な水分が取り除かれ、雑味が消え、香りとうま味がぐっと深まります。その結果、鰹節はより軽く、硬く、長期保存に適したものとなりました。

この技術はまさに世界でも珍しい「発酵を利用した鰹節作り」であり、現在の鰹節の姿がここで完成したといえます。

江戸の町では人口が増え、外食文化も栄えていきました。蕎麦屋、うどん屋、寿司屋などが広がる中で、だしの需要は急速に高まります。そうした背景もあり、鰹節は単なる保存食から「料理の味を決める決定的な存在」へと変わっていきました。

さらに、この時代に昆布との「合わせだし」が定着しました。昆布のグルタミン酸と鰹節のイノシン酸が合わさると、うま味が飛躍的に増すことが知られるようになったのです。

これは現代の科学でも裏付けられており、日本人が経験的に見つけ出した画期的な発明でした。

江戸後期には、各地で鰹節の産地競争も起こります。薩摩の鰹節は「本枯れ節」と呼ばれ、品質の高さで知られるようになり、土佐節、伊豆節などと並んで江戸の市場に並びました。

庶民にとっても鰹節は欠かせない調味料となり、贅沢な味わいを演出する食材として広まっていったのです。

つまり江戸時代は、鰹節が「戦国武士の兵糧」から「日本の食文化の象徴」へと生まれ変わった時代でした。

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