【べらぼう】後に松平定信を転落へと追い込み…本多忠勝の血を引く老中「本多忠籌」の信念と結末 (4/5ページ)

Japaaan

『べらぼう』松平定信(井上祐貴)を転落へと追い詰めた事件とは?正論の押し付けが仇となり一橋治済とも対立

これを機に、財政を握る老中勝手掛を月番制とすることで権力の集中を予防します。

やがて寛政10年(1798年)に老中を辞任し、翌寛政11年(1799年)に家督を譲り、隠居しました。

そして文化9年(1812年)12月15日、74歳で世を去ります。

終わりに

本多忠籌

徳川家斉(城 桧吏)の政治体制のもとで刷新された寛政の改革を担う幕臣。

※NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」公式サイトより。

今回は松平定信に諫言した本多忠籌について、その生涯をたどってきました。

定信が失脚し、蔦重が世を去る寛政9年(1797年)以降も活躍するため、最終回まで登場するかも知れません。

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