明治政府が犯した外交の失敗・アメリカの罠――岩倉使節団の裏で進んでいた“不平等条約の完成”【後編】 (1/3ページ)
委任状がない
前編では、岩倉使節団が不平等条約の延長のために渡米しますが、森有礼によって条約の「延長」ではなく「改正」の本交渉開始を持ちかけられたところまで説明しました。
岩倉使節団の裏で進んでいた“不平等条約の完成”――明治政府が犯した外交の失敗・アメリカの罠【前編】サンフランシスコに到着して以来、使節団一行は各地で大歓迎されます。
歓迎ムードの中で伊藤博文は森有礼と駐日公使デロングの提案に乗りました。もともと使節団の目的は条約改正の延期にありましたが、それが条約改正の交渉に変更されたのはこの時です。
しかしいざ条約交渉を開始しようとすると、国務長官フィッシュは全権委任状を要求します。条約改正交渉の唯一の代表がこの使節団である、ということを証明しろというわけです。
もともと使節団は延期の交渉に来ているだけで、条約を結び直しに来ているわけではありません。
