朝ドラ「ばけばけ」実際に物乞いまで落ち、その後は…雨清水タエ(北川景子)のモデル・小泉チエの生涯 (2/5ページ)

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松江藩の家老一族の娘として生まれる

天保9(1838)年、チエは松江藩の重臣である塩見増右衛門の長女として生を受けました。

塩見家は1400石を領有する藩内屈指の名家。家中でも三職(家老・中老・番頭)のうち、家老と中老を務める人材を輩出していました。

父・増右衛門も松江藩家老を拝命。藩主・松平斉貴を諌めるために、陰腹を切ったほどの人物でした。

例え高禄の家老といえども、命を懸けて武士道を貫く。その生き方は、チエとその子供にもつながったと思われます。

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