朝ドラ「ばけばけ」実際に物乞いまで落ち、その後は…雨清水タエ(北川景子)のモデル・小泉チエの生涯 (3/5ページ)
松江のメインストリーである塩見縄手。チエの先祖・塩見小兵衛が由来。
嘉永3(1850)年ごろ、チエは結婚。しかし婚礼の夜に夫が不銀密通をしていた侍女と心中して果ててしまいました。
翌嘉永4(1851)年ごろ、チエは2度目の夫となる小泉弥右衛門湊と結婚。小泉家は藩の番頭を務める家柄でした。湊との間には11人の子供を授かります。
慶応4(1868)年2月には、次女・セツを出産。のちに小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の妻となる小泉セツでした。
セツはわずか生後七日で松江藩士である稲垣金十郎・トミ夫妻の養女となります。これは親戚関係にある両家が事前に決めたことでした。
チエにとって、激動の前半生であったことがわかりますね。
没落の日ー湊の病没と家計の逼迫明治維新を迎えると、松江藩の士族(旧武士)たちは困窮に喘ぐこととなります。
秩禄奉還や廃藩置県によって、収入を断たれた士族が急増。チエの小泉家とセツのいる稲垣家も例外ではありませんでした。