【べらぼう】史実では蔦重(横浜流星)とてい(橋本愛)の子はどうなった?二代目以降の蔦屋重三郎を紹介 (4/4ページ)
……実家の蔦屋に継嗣が絶へたので、松芳の二男即ち竹吉翁が出でゝ、蔦屋の名跡を継ぐことゝなつたのである……
※木村捨三『木村仙秀集 3』「耕書堂蔦屋重三郎」より
と言っても自前で書籍を作る板元ではなく、小売業の本屋。本を仕入れて販売する業態です。
それで何とか明治初期までは蔦屋耕書堂を営業し、その歴史を百年ほどにまで延命させたのでした。
終わりに今回は蔦重亡き後を継いだ歴代蔦屋重三郎について、五代目まで紹介してきました。
二代目が婿養子であれば、蔦重とおていさんの子(娘)は無事に成人できそうですね。てっきり森下脚本だから「この子はすぐに死んでしまって、二人は悲劇のどん底に叩き落とされるのかな……」と思いましたが、果たして……?
そろそろ最終盤を迎えたNHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」、最後まで気が抜けませんね!
※参考:
江戸時代から五代続いた、蔦屋重三郎の歴代当主の経歴や本名を知りたい。|レファレンス協同データベース 鈴木俊幸『近世文学研究叢書9 蔦屋重三郎』若草書房、1998年11月 『蔦屋重三郎と天明・寛政の浮世絵師たち』浮世絵太田記念美術館、1985年2月日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan