古代の天皇陵、実はほとんどが別人の墓!それでも宮内庁が陵墓と言い続けるのはなぜ?【前編】 (4/5ページ)

Japaaan

崇神天皇の陵墓に治定される山辺道勾岡上陵(Wikipedia)

この時代には、実在する最初の天皇と考えられる10代崇神をはじめ、交代王朝の祖ともいわれる15代応神、世界最大級の墳墓に治定される16代仁徳。そして、倭の五王の一人・武に有力視されるワカタケル大王と目される21代雄略、今上天皇に連なる皇統と考えられる26代継体など、日本史上でも著名な天皇が並ぶ。

しかし驚くことに、この23人の天皇の御陵は天皇の真陵、すなわち本物の陵墓としては誰一人として確実性がないのである。

飛鳥時代、信憑性のある天皇陵は5人・4基

飛鳥時代の天皇は、33代推古・34代舒明・35代皇極・36代孝徳・37代斉明(皇極が重祚)・38代天智・39代弘文・40代天武・41代持統・42代文武の9人が存在する。

この内、宮内庁が治定した陵墓が真陵として確実なのは、38代天智、40代天武、41代持統(天武と合葬)の3名だ。いずれも古墳時代終末期において天皇墓に採用された八角形墳である。

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